2015/2/14

オリンピック・レガシーって何?

~Tokyo2020の未来を考える~ vol.3

形のないレガシー、

形のあるレガシー

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*vol.1 「オリンピック・レガシーって何?

*vol.2 「今までのレガシーとTokyo2020のレガシー

*当日配布資料はこちら

 

⑤競技人口増加という「レガシー」

河島徳基氏(以下K):僕は普段イベントの運営などをやらせていただいています。男子フェンシングが団体で銀メダルを獲得した2012年のロンドンオリンピックの後、子供たちがフェンシングを体験できるイベントを東京で行いました。その時、子どもたちはオリンピアンと混ざって喜んで体験していたのですが、ある保護者の方に「このイベントの後、フェンシングはどこでできるのでしょうか」と聞かれました。この時に僕は、本当に恥ずかしながらその答えを持っていませんでした。このままではダメだとその時に強く思いました。話題性のある選手を呼んで、1~2時間楽しめても、日本のスポーツに貢献していないような気がしました。そのような経験から2020年大会では、子どもの日記のように「オリンピックが来ました。楽しかったです」で終わらないように。僕もやりたい、私もやりたい、という子どもたちのために、どこでもスポーツができる環境の整備をこの6年間でしていかなければならないというのを痛感しています。

 

間野義之氏(以下M):過去の研究を見ると、オリンピックを開催したら自動的にスポーツ実施率が上がるという結果はありません。多くの人がオリンピックは一生懸命見るものの、そこからオリンピアンのように自分もスポーツを始めよう、という変化は起こりにくいのではないでしょうか。何か別に策を施す必要があります。

 

K:そこは、政策と民間とのコラボレーションが必要なのではないでしょうか。偶発的にスポーツ実施率を上げるのが無理というのなら、計画的に上げていくためには、スポーツビジネスに関わる民間の力が非常に重要な役割を果たすことになるはずです。

 

原田尚幸氏(以下H):そうですね、できれば我々こそその分野にチャレンジしたいですね。オリンピックに注目が集まれば、様々な種目に注目が集まる。その後にそのスポーツを実際にやるというところまでなかなか繋がっていないというのが現状です。この東京オリンピックを、スポーツ実施率を変えるきかっけにしたいですね。今の子どもたちは全く時間がなくて、「運動していますか?」と聞くと、運動やスポーツに対して拒絶反応を示します。それでも、たとえスポーツに見えなくても結果的に身体を動かしている、そんな仕掛けがあってもいいのではないかと考えています。つまり、スポーツをすることが目的ではなく、スポーツを手段にしてどんな子どもに育ってほしいかということを意識してもいいかもしれません。オリンピックをきっかけにして様々な制度が変わっていけば、実現に近づくのではないでしょうか。

 

⑥スポーツと教育

東俊介氏(以下A):この中に体育の先生はいらっしゃいますか? そんなにいないようなので、ここで言ってしまいます。僕、体育の先生がよくないのではと思っています。体育の先生にどんな人がなるかというと、元々体育が得意な人がなります。自分の専門種目を指導したいから先生になる。つまり、体育の先生になりたいのではなく、部活動の顧問になりたくて体育の先生になるわけです。そうすると、なかなか体育が苦手な子どもの気持ちはわかりません。スポーツには「する・見る・支える」という3つの立ち位置がありますが、「する」のがうまい人が、「する」のが苦手な人に対してひどい扱いをするから、スポーツを「見る」のも嫌いになって、体育も好まなくなってしまいます。日本の中で体育が好きな人が少ないというのは、そのせいではないかと思っています。体を動かすのを教えるのが得意な人が体育の先生になり、スポーツを指導したい人はスポーツの指導者になる、というシステムを東京オリンピックをきっかけに作れればいいのではないでしょうか。

 

M:僕は横浜市で教育委員というのを務めていますが、最近は小学校に体育専任教員を設置しようと提案しています。最近では小学校の教員も高齢化してきていて、体育の授業は多くの単元があって難しくなっています。それらをすべて十分に教えるには専門家を置かないと出来ないのではないかと。そんな話を最近はじめました。

 

K:そこはおそらくスポーツ庁の議論になってくると思います。みなさん、スポーツ庁はどこの傘下になるかご存じですか?

 

M:いまは2つのアイデアがあります。統合的に内閣府に置くというものと、観光庁のように文部科学省の外局に置くというものです。

 

K:今は文科省の下にスポーツ庁が置かれる、というように言われています。そうなると体育とスポーツの線引きがすごく難しくなります。先ほど「する・見る・支える」というお話もありましたが、スポーツには多面的な価値があるにもかかわらず、スポーツ庁が文部科学省の傘下に入ると、教育的価値ばかりがクローズアップされて、結局エンターテインメントとしての価値がすごく小さくなっていくのではないかと心配しています。

 

⑦地方への影響

Q:私は岡山から来ているのですが、地方にはあまり「レガシー」を残せないような気がしています。事前合宿の誘致しか思い浮かびません。日本=東京ではないので、岡山県や地方はどうすればいいのかという点についてお聞かせください。

 

M:ロンドンの例で言いますと、スコットランドもウェールズも北アイルランドもそれぞれプランを作っています。岡山県に「レガシー」を残すならば、「有形」か「無形」かにとらわれず、まずは県としてプランを作るということが必要ではないでしょうか。

 

K:たとえば、これから少子化が進行して統廃合される小学校が出てくると思います。学校は校庭もあれば、体育館もあれば、校舎もあって、料理もできる。その使われなくなった施設の再利用を、スポーツクラブと絡めてやっていく、というのも1つのアイデアかなと。

 

A:岡山の郷土料理とかおすすめ観光地とか、外国人が東京よりも岡山県にハマる可能性もありますよね。東京にはなくて岡山にある、他の人は驚かないだろうと思っていたものを売り出してみるのもいいのではないでしょうか。

 

H:私はオリンピックが決まった瞬間から、和光大学が事前合宿の受入に立候補すれば、メディアでも取り上げてくれるのではないかと考えました。世界的なスポーツイベントの事前合宿を岡山へ誘致するのもひとつのアイデアだと思います。あらかじめ立候補のPRのために、岡山のきび団子のような、その土地の名産や文化、伝統に関する情報を発信する準備ができるといいですね。

 

A:完璧にイスラム教に対応した都市にするなんてどうでしょう。

 

H:それもいいアイデアですね。あとは、姉妹都市を誘致すれば、オリンピック大会後も継続して文化交流ができますね。

 

M:それに似たようなことで、メダルを一個も獲ったことのない国を応援して、メダルを獲ってもらう、そういう強化の方法もあるのではないでしょうか。現在IOCには、204の国と地域が加盟していて、そのうち過去30回のオリンピックでメダル獲得数が1個もしくは0個の国が合わせて100もありますから、多くの国はメダルと無縁です。メダル獲得数が0個の国を岡山県全体で応援して、その国のある選手がメダルを獲ったとしたら、その国の人はこの2020年大会と、岡山県のことを絶対忘れないでしょう。「無形のレガシー」を日本だけに残すのではなくて、参加する国に残していくような、しかもこれが日本人に共感してもらえるような話で、日本人的なおもてなしなのかもしれません。

 

⑧形のないレガシー

H:一方で、我々日本に住む人々が「オリンピックを東京で開催できてよかったね」と感じてもらうためにはどうすればいいのでしょうか。現状のままだと、直接関わっている人達だけの大会になってしまいそうです。スポーツに興味のない人たちにオリンピックを身近に感じてもらえるような仕組みを作れないでしょうか。

 

K:これは「無形のレガシー」になると思いますが、大会期間中たくさんのボランティアが必要で、それに向けてスポーツボランティアを育成しようという動きが多方面から出ています。いまから若い方が中心となって様々なボランティア活動に参加していただいて、ボランティアの育成や経験の場を増やしていくことで、ボランティア文化が根付くのではないかと思っています。

 

M:東京オリンピック・パラリンピックの約30日間で8万人のボランティアが必要だといわれています。そこで、大学と組織委員会が連携協定を締結しました。日本全国にある大学でボランティア通訳をやっていただくという準備もはじまっています。

 

H:私はボランティア組織で培われた経験やネットワークが、震災や自然災害があった時にも活かされるのではないかと考えています。

 

M:僕も被災地で復興支援活動をやっていますが、震災直後から頑張っているのはスポーツ団体の人たちです。地域の音楽のサークルや絵画の団体などもありますが、いざという時に力を発揮できるのはスポーツ関係の人たちです。スポーツ団体だったり、スポーツボランティアだったり、スポーツ施設だったり。実際どこへ行っても体育館は避難所になりましたし、グラウンドは仮設住宅になったわけです。普段スポーツ施設は邪魔だと思われていますが、いざという時には町の中にないと困るものと言えるのではないでしょうか。

 

⑨形のあるレガシー

A:僕はおそらく東京でオリンピック・パラリンピックを開催することをよく思わない人もそれなりの数いると思っています。その人たちは、たとえば「国立競技場にたくさんお金使ってどうなるんだ、それだったらもっと高齢化対策や生活保護にお金を使え」と主張しています。それは至極まともな主張で、スタジアムをただ作るだけだと、最終的には維持費が払えなくて自治体が悲鳴を上げてしまいます。そのような負の遺産になってしまわないよう計画されているのか、間野先生にお聞きしたいのですが。

 

M:施設計画の全面的な見直しをやっています。恒久施設をたくさん作っても、建設費用より維持費の方が明らかにかかります。それなら既存の施設をうまく活用した方がいいのではないでしょうか。他にも、選手村から半径8km圏内に収まるコンパクト開催を掲げていますけど、選手村のある晴海ふ頭から首都高速道路を使えば30分以内で千葉でも横浜でも行くことができます。そういった近隣県の施設を上手く活用して、負のレガシーを最小化しようという検討を始めています。

 

A:スタジアムの維持費がかかる理由は、1年間に10分の1ほどしか稼働しないからです。これを稼働させることで儲かる施設になれば負の遺産ではなくなります。人気が高くて使用予約が取れなくなるような施設とすることを考えなければ根本は解決しないのではないでしょうか。

 

M:ひとつ反省しなければならないのは、2002年のワールドカップです。韓国に10、日本に10、合計20個新しいスタジアムを造りましたが、黒字になっているのは日本で1つ、韓国で1つだけです。日本は札幌ドームで、野球とサッカーのダブルフランチャイズなので黒字になっています。韓国はソウルスタジアムが黒字です。ソウルスタジアムに行かれたことある方はいらっしゃいますか?

 

H:はい。

 

M:では原田先生、どのようなスタジアムか説明してください。

 

H:映画館やショッピングモールが併設されていました。最寄り駅からも近く、試合が行われていなくてもその施設で収入が得られるような仕組みが最初から出来ていました。加えて、たまたま訪れたときに目撃したのですが、地域の子どもたちが遠足のようにスタジアムを訪れ、ゴールの位置からフィールドに向かって「テーハミング!」とコールしていた様子が印象的でした。子どものころから身近でいつも稼働している施設として、人々の生活圏の中に存在するスタジアムという印象を受けました。

 

M:原田先生のおっしゃる通り、ソウルスタジアムは多機能複合化しています。様々なものが全部スタンドの下という巨大な空間にあります。日本の場合には都市公園法があって、スタジアムは都市公園内に作られます。ショッピングモールは都市公園の公営施設ではないので、スタンドの下に作れるものに制約があります。その部分をもっと上手く使えば、日常的に多くの人を集めてお金が生まれる施設に変わります。そのような思い切った発想の転換が必要かもしれません。

 

Q:国立競技場はどうなるのですか?

 

M:オリンピックのメインスタジアムには8万人の観客席が必要ですが、日本に8万人を収容できるスタジアムは1つもありません。イギリスには複数あります。8万人というのは世界標準なので、1つはないと国際大会が開催できない。無駄だと言われていますが、座席も仮設ではなくて常設でつくります。周辺への騒音問題がありますので、開閉式の屋根を作ることも決まっています。ただスタンドの下に何をつくろうか、多機能複合型にするのかという議論は現在進行中です。

 

H:スタジアムを作った後にどう活用するのかということをあらかじめ考えておかなければいけません。将来的に負の遺産とならないようにすることが重要ですね。

 

vol.4 「2020年までに僕らが出来ること

 

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