2012,10,30

vol.158

++ インタビュー ++
『きゅぽらスポーツコミュニティ』石井邦知代表​

 

 

​文部科学省が平成 7 年度から推進してきた、総合型地域スポーツクラブ ( 以下総合型、総合型クラブ ) 育成事業─。地域とスポーツの関わりが重要視されているなか、世代を問わず多目的に利用できる総合型クラブは、新たな公共性を担い、地域コミュニティの核となるものとして期待されている。しかし、2012年6月に行われた事業仕分けによってその育成事業は廃止判定を受け、まだまだ日本国内で浸透させていくには課題が多い。私自身、その存在の必要性について十分論じられてこなかったのではないかと感じていた。このような厳しい状況で、日々その成功に向け奮闘する若手マネジャーがいる。2011年から埼玉県川口市を拠点として活動する総合型クラブ、きゅぽらスポーツコミュニティ代表石井邦知氏。彼へのインタビューを通して、総合型地域スポーツクラブについて再考していきたい。

 

■脱サラ、ゼロからのスタート

 

― 設立して約一年半ということですが当初このクラブを立ち上げることに至った経緯、きっかけを教えてください。

 

きっかけは、とりあえず地域とスポーツというテーマで何かやりたいなと思っていました。もともと大学の時に都市計画を専攻していて、地域づくりとか、そういった活動をしていました。ちょうど自分が大学生だった時に、プロ野球でいえば楽天が立ち上がったり、bjリーグや (野球の) 独立リーグがはじまったり、そういう地域スポーツが盛り上がっていたので、やはり地域づくりという上でスポーツは非常にいいなと思いました。ただ現実、それですぐ仕事が見つかるかっていうと無理だっていうのは分かっていたんで、すぐにはやりませんでした。社会人を5年やっていたときに、もう一度地域の事を学ぶ機会があって、地域の現状は、色々と新しい取り組みっていうのはあるんですけど、少子高齢化が激しくなって、衰退してるというところが一般的でした。やはり手を打っても打っても、なかなか成果が出ないという状況が続いてると感じ、何とかしたいと思ったっていうのがきっかけですね。 でもそういう前提があるからといって、地域とスポーツで具体的に何をするのかわかりませんでした。だから最初はそもそもそういう活動をする予定もなかったです。ちょうど大分トリニータの社長だった方が、観光庁の長官になってスポーツツーリズムの動きが活発になってきたので、そこが一番いいんじゃないかと思ったんですけど、(様々な)地域の関係者の人に話を聞きに行ったときに、総合型地域スポーツクラブに興味を持って、さらに総合型地域スポーツクラブをもっと立ち上げたいっていうニーズもあるってわかったんで、川口は地元なんですけど、まさか地元で何かやるとかいうつもりは全く考えたことなかったんですが、結果的にそうなりました。​

 

─ 勤められていた会社をお辞めになって立ち上げるという形になったと聞いたのですが。

 

はい、そうですね。正直、会社を辞める前に何かが明確になったってことはないです。会社辞めてから、何も無い状態から何しようって考えていたんで、スタートして最初は失業保険をいただきながら、模索していました。

 

─ 日本ではまだ総合型が発展途上だと思うんですが、そういったなかで会社を辞めて新たにスタートをきることについて怖さや、デメリットは感じませんでしたか。

 

デメリットは数え上げればきりがない。でも個人的にはサラリーマンを続けている方がリスクだと感じました。自分自身をアピールするっていうことがあまりうまくなくて。特に社内営業とか、自分を売り込むことができなかったんです。あのまま仕事をしていても、会社の中で自分をアピールするチャンスや、自分にしかできないものを見出すことができなかったんです。だったらデメリットがたくさんありながらも、自分から何かを始めた方が結果的には社会にもいいことになるし、社会的な独自性、オリジナル性を出せるなって思ったんです。​

 

​ ─ ではその後お一人で始められて、苦労なされたことを教えてください。

 

誰でも最初はそうだと思いますが、認めてもらうには実績が必要、だけど実績をつくるにはつながりがないといけない。だけどつながりをつくるには実績が必要っていう、つまりどこから始めたらいいのかよくわからないんですよ。だから正直、(体育館など団体登録をするときは) 自分の知人や親戚に住所を書いてもらっていくしかない。つながりがないけど、場所をおさえるしかない。だけどおさえるにはつながりがない。そんな感じですね。プログラムを始める際、フットサルもバレーもやっぱり最初はどれも一人では始められなかったんです。興味を持っていただいた方はいて、その方と一緒に最初、始めたんですけど、まあ基本的に離れていきましたね。それで、一時期一人でやってました。でも今度は逆に、可哀想って思われたかもしれないですし、やっていることが良いことだと思ってくれたのかもしれないし、そのへんはわからないですけど、参加している方から手伝ってくれる人が出てきて、今につながっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

​ ■「同じことをやっても意味がない」

 

─ クラブの活動理念を教えてください。

 

基本的には、スポーツを通じて地域の新しいつながりをつくるということがテーマです。そのつながりというのが、究極的には一人ひとりが居場所と感じられる、一人ひとりが自己表現できる場であることが地域の理想じゃないか、というのがあります。そのつながりを通してコミュニケーションが深まることで、新しい企画が生まれるなどの価値が生まれたりだとか。新しい価値が生まれるか、何か地域の課題が解決されるか。つながりがあったからこれができた、それが解決された、という効果が期待できるじゃないかと思います。ただ地域に密着する点で言えば活動そのものなんですけど、テーマとして異業種交流と国際交流と親子交流というのがあって。 異業種交流っていうのはこの場所が“埼玉都民”って言われるような場所で、東京に出て仕事をしている方が多い。やはり地域のつながりや絆に、外から入ってきて、どう地域と関わっていけばいいかわからない人がいる可能性があります。でも逆に東京ではしっかりと仕事をして、そこでは自分の居場所を持っている方がいらっしゃって。そういう潜在的な力をうまく地域に還元できないかな、そういう仕組みを作れないかなと考え、異業種交流をやっています。親子交流もそれと似たような感じなんです。ここはもともときゅーぽらっていって、鋳物工場がたくさんあった町なんですけど、今は工場がなくなって、高層マンションになっています。それで高層マンションに住んでいる人たちは結構外から来ているんです。東京にも通いやすいからって動いてくれたと思うんですが、スポーツを通じて、子育て支援につながるようなことができたらなと考えています。国際交流は、調べてわかったことなんですが川口市の外国人が日本で6番目に多い街ということだったんで始めました。​

 

― ほかの総合型は、高齢者にスポットを当てているところが多いのですが、ここでは若年層にスポットを当てられていますよね。

 

そうですね。そこをとらえたいと思いますし、そここそが一番自分しかできないところだと思っています。今はもうちょっと増えたかもしれないですけど、もともと川口には総合型が自分が立ち上げる前に6個あったんですね。自分は7つ目なんで、同じことやっても意味ないっていう考えがありました。それで、違うことって何かなと考えると、若い層だったんです。川口市に住んでいる外国人の平均年齢が28,9歳ということも含めて、若い世代が一番ねらい目でした。

 

 

■川口から“つながる”将来像

 

― 今後の目標をお願いします。

 

まず川口でやるつもりはまったくなかったです。じゃあいきなり大きな組織から始めるっていうわけにもいかないんで。川口という1つのエリアでモデルを確立させて、それからいろんな地域に展開できるようなものをつくっていきたいと考えています。はっきりわからないですけど、実際総合型と大きく逸脱しているところは、川口以外の人が結構来ている点です。だから(ほかの)総合型で出来てない部分をやっていると思いますし、他地域に展開していきたいと考えています。また今後、さらに遠い先のことを言えば海外でも同じような問題が出てくると思うんですね。東南アジアが一番現実的ですが、今は人と人のつながりがあってもだんだん経済発展していく過程でつながりがなくなっていくという、日本が直面している問題にぶつかると予想しています。日本は課題先進国という言い方をされています。同じようなコミュニティを巡る問題が出てきたら、そのときに還元出来ればと思います。 あとは、交流型スポーツというカテゴリをまず確立させたいです。持続的につながるためのスポーツというものをやっているところも少ないかなと感じます。うちのクラブではルールも正式なものにせず、交流や楽しむことをメインにしています。そういうものをどんどん展開していきたいと考えています。

 

 

​■ あなたにとってスポーツ文化とは

 

​─ 石井さんが考えるスポーツ文化とは何ですか。

 

日本という国が他の国に比べて協調性を大事にしている国だと思うんです。チームスポーツでも観客でも応援でも。スポーツと社会ってすごく密接していると思うんで日本文化がそのままスポーツに反映されてると思います。そのひとつが協調性で。チームスポーツでもなんでも団結心がないとできないし成り立たない、日本が成り立たないと思います。​

 

 

―インタビュー終了後に実施された国際交流バスケ。石井氏が述べていたように、自主的にプログラムの手伝いをしている参加者の姿がやはりあった。その中には、翌日仕事を控えながらも遠方から駆けつけてくる方もいた。その方は「いや~石井さんに呼ばれたら、そりゃ来ちゃいますよ~」と笑って言う。今までの総合型のステレオタイプから脱し、新たなカタチを創っていく彼に魅了されている参加者も多いようである。​石井氏の経歴やクラブの活動、またこれからの展望は、ほかの総合型には見られない、“異色”というものであった。特に他地域への事業展開プランは、拠点を置く特定地域、またその特定された住人のためにクラブが運営されることが理想とされながらも、どこか限定的・閉鎖的であった総合型のイメージを転換してくれた。総合型地域スポーツクラブの可能性はまだまだ秘められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(文:遠藤華英 写真:渡辺和哉)

 

 

 

++ インタビュー ++
~社会とスポーツ~リー・トンプソン教授

 

※今回のインタビューは2012年8月に実施しました

 

 

今回インタビューさせてもらう目的としては、もうすぐオリンピックが開催されると思います。それはスポーツ界にとって大きなイベントで、それを実際に見に行くのは大変難しい。今回の場合はイギリスで時差が9時間くらいある。そういう関係で日本の場合は新聞であったり、テレビであったりに頼らざるを得ない。そういう媒体でしか見れない状況になると思います。そのメディアの中でもいくつか問題がある。ジェンダーであったり、選手の取り上げ方であったり。今回は社会学の第一人者である先生にお話を伺って、見る上でただ見るのではなく違う視点を僕たちで考えていきたいと思い今回インタビューさせていただきます。

 

<オリンピック招致とメディア>

 

○日本は今オリンピック招致で盛り上がっています。実際のところ国民の世論として五輪招致はあまり賛同されてないです。そういう人たちをメディアはどのように変えていけばいいのでしょうか。またそうすることは許されるのでしょうか。

 

―オリンピックをやった方がいいと言う人は誰なのか。オリンピックをやることによって得をする人です。得をするというか利益を上げる人。その人たちには資金力があるわけです。メディアを通して自分の意見を出すことが出来るわけですね。でも反対している人はどちらかというとそれが出来ないです。だから自分の意見をメディアになかなか取り上げてもらえないわけなんですね。だからスポーツとメディアの関係にそういうところもあるわけなんですね。スポーツで誰かが利益を上げることが出来るとそれなりの勢いがつくわけなんですけど。損する人はなかなか声を上げることが出来ない。

 

○権力者の意見が通され世論が誘導されていくというのはメディアとして危険な状態です。だから先生は日頃からメディアを鵜呑みにするなと。

 

―だから反対意見があれば駅前で拡声器で何か訴えたりビラを配ることも出来るんだけどそれはあまり効果がないんですね。今はインターネットが出来てるわけで今回のようなメルマガやブログで資金力がなくともある程度流すことが出来る。でもそんなの流したって見る人はあまりいないでしょ。

 

○日本人を調査した時に賛成反対の他にどっちでもいいっていう人が多いと思います。日本人はいろんな面でどちらでもいいって意見を持ちやすいです。それは何だろう、メディアが報道したことに対しても無関心でいるって言う人が多いからだと思いますか。日本人の国民性の話になってしまうんですけれども。メディアに対して自分の意見を持たないっていうのが今の日本人なんじゃないかなって思うんですけれども先生はどうお考えですか。国民性というかアメリカとの比較でもいいんですけれども。

 

―そうですね確かに昔もこういう話は聞いたことがあります。つまりどちらでもないという。アンケートをとるとそういう風にどちらでもないという回答が日本では多いというのは聞いたことがあります。それはそうだとするとそれが事実でしょう。メディアに影響されているかされていないかということではないと思うんですけれども。なんといいますか、自分の意見を表明しない人が多いっていうことじゃないでしょうか。

 

○メディア関係なく日本人が意見を表明してないだけっていうことですか。

 

―そういう人が多いとそういうことになる。なぜそうなるかっていうことになると手元にアンケートがないのでわからないんですけれども、もしアメリカでアンケートをとって、日本で取って、日本のほうがどちらでもないという答えが多かったとします。事実としてあるわけです。じゃなぜそうなのかっていう話になるとそれは国民性と言ってしまっていいのかな。私も授業でいつも受講した時の質問はありますかって聞くと質問はでないんですね。だからそれと似ているのかな。そんな気がするわけですね。質問の紙を配って質問を書いてくださいって言うともうみんな書きます。アンケート取ったときなんかも一緒です。だから意見はあるんだけれども意見とか質問とかあるんだけれどもあえて表明しないっていうところがあると思いますね。

 

 

<男性社会とスポーツ>

 

○スポーツの社会は男性で運営されている面がすごく強い。なぜそのような文化になってしまったのか。男女平等が叫ばれている世の中でスポーツだけが隔離された社会を作り上げていると思うんですよ。それがスポーツの発展をある意味では阻害していると思います。なんでそのような文化が築かれ今も続いているのでしょうか?

 

―これはすごく大きなテーマ。今スポーツだけっていう話だったんですけど、国によっても少し違うわけです。それはスポーツだけの話じゃないんですね。政治でもビジネスでも。特に日本となると、国会議員は圧倒的に少ない。大企業の重役にも少ない。じゃあどうしてこういう風になったかというと、歴史的にそうなったわけです。じゃあなぜそうなったのかということなんですが、すごく複雑なことで生物学的に男性より弱いから、すごく自然なことと主張する人もいれば、もっとマルクス主義的に女性は男性の所有物になってしまったとか … という考え方はいろいろあるわけなんです。なぜそういう風になったかというのは置いておいて、問題はじゃあなんで変わらないかということなんですね。男性は自分たちの特権を譲りたくないから。スポーツにしても政治にしても男性たちだけが、男性たちの原理でやることがやりやすくて、そこに女性を入れると今までのやり方を変えなければならないし、実際変えなければならない。そういうことを嫌がってるからなんです。それで特にスポーツは男性のものだった。オリンピックが始まった時でも女性は参加することが出来なかったし、クーベルタンも女性の参加に反対していた。女性がスポーツすると生殖器官に悪い影響を与えるんじゃないか、そういうことをいろいろ考え出していたりしたんです。

 

○それは今後も続く問題なのでしょうか。

 

―実は授業で私はこういう話をするんですけれども、反応が悪いんですよ。これは自然なことだっていう人が多いわけです。つまり女性が弱いからという反応が多いんですね。だからどう変えればいいかというと1人1人それを変えようと思うしかないんですね。

 

○スポーツって社会の影響をすごく受けるじゃないですか。だから社会がもっと女性に寛容になれば少なからずスポーツも変われるんじゃないでしょうか。

 

―スポーツは社会の鏡だと言われることがあるんですけれども、それだけじゃなくて社会の一部ですので社会にも影響を与えてるわけです。ですからスポーツにおいて女性が活躍したりすると社会の女性の見方が変わったりするんです。そういう意味で例えばメディアのスポーツ報道の中で男女の比率を見ると女性が取り上げられてるのが男性の1割。こういうこというと今はもっと平等になっているんじゃないという人もいるんですが、でも調べてみるとやっぱり依然として少ない。ただオリンピックだけは違うんですね。オリンピックになると半々になるんですね。

 

○それはもう影響してるんですかね。

 

-ですからオリンピックで女性が活躍することによってそういう女性の見方が変わってくることもありえるということなんですね。ただそこにまた隠れてる問題があるんです。それはなぜオリンピックになると急に半々になるかというと、その背景にナショナリズムがあるからなんです。だからそこで報道されているのは男性でもない、女性でもない、日本人なんです。日本人が世界で活躍しているんです。だからそういうことによって日本のために貢献できるのは男性だけではないという意識はつけられると思うんですね。まあナショナリズムはまた危険性があるのですが。

 

○日本人として報道されるから先程の話に出てきた女性の地位向上にはあまりつながらないのではということなのでしょうか。

 

―いや、それはもしかしたらつながるかもしれないんです。でも逆にナショナリズムはすごく危険なものなんですね。もちろんある程度の愛国主義があってもいいという意見はあるんですけれども、でもそれは自分たちがよければそれでいいという考えになりかねないですし、私は愛国主義よりも自分が住んでる社会をどうやってよくすればいいかという考えであればいいわけですし、愛国主義だと結局国籍で人を判断する。そうすると同じ地域に住んでるけれど、この人たちは国籍が違うから自分たちと同じ権利がなくてもいいやとかね。ナショナリズムはまた厄介なものです。

 

 

​ <あなたにとってスポーツ文化とは?>

 

○サークルのインタビューの際に絶対に聞く質問があって「あなたにとってスポーツ文化とはなんですか」という質問で少し漠然としているんですけど先生はメディアや社会学を専攻しているので、そのような話をしていただければ。

 

―まずスポーツ文化とは何かという質問ですか?それとも私にとってスポーツ文化とはなんですかという質問ですか?後者の場合は私にとってのスポーツについて。スポーツ文化になると社会にとってスポーツ文化とはということになるんだけど。

 

○先生にとってなんですけど、どっちもお聞きしたいですね (笑)

 

―ではまず社会にとってのスポーツとはなんだけど、スポーツは象徴的な活動なんです。スポーツは生産的な活動ではないんです。獲物を捉えるとか、家が建つとかそういうものではない。象徴的なものです。だからスポーツに参加すること、あるいは見ることは自分の住んでいる社会、自分の住んでいる世界について考えることです。それは全体でなくても、社会の一部でもいい。参加したり観戦したりすることによって自分の社会であったり、人生であったりを学ぼうとしているわけなんです。だから社会によってスポーツのあり方が違うのはそういう意味なんです。それぞれの社会の人たちが抱えている問題や考えていることが違うわけですから。だからスポーツ文化とはそういうものだと思っています。次に私にとってのスポーツとは…これはちょっとさっき話したことよりも難しいです (笑)自分を見つめることは難しいので。これは本当に難しいです。一言では言い表せないです。二つの意味、二つの次元があると思うんですけど、ひとつは研究者としてさっきの話と関連して私はスポーツを通して社会を見ているわけですけど、ファンとしてもスポーツを見ている。でもそれだけではなくて自分なりにやったりしているわけですけどそれは自分の健康のためにやったりあるいは体を動かす喜びというかほかでは得られない快感があるわけなんです。例えば机に向かって勉強するのは疲れるんですよ。勉強は肉体労働なんです (笑)疲れちゃうんです。あぁしんどい。運動なんかできないって思っても運動してくるとすごく頭も冴えます。そういう意味ではかけがえのないものです。

(文:宮下雅史)

  

© All Rights Reserved by SOJ