vol.155

今号は、「ちょんまげ支援隊ツン隊長の被災地報告会」 のレポートです。 被災地へ20回以上足を運んだツン隊長の、 貴重な体験談を知ることができます。

スポーツを通した被災地支援や、 スポーツの新たな可能性を考えるきっかけになればと思います。

++ マイレポート ++

笑顔を取り戻すために
~ちょんまげ支援隊ツン隊長の被災地報告会~



私は、4月下旬にとある集会でツンさんと初めて出会った。もちろん以前から、日本代表サポーターとしてのツンさんは知っていた。それは、ちょんまげをつけ、青の甲冑を身にまとっている姿で世界中を飛び回っている人として、である。2010年W杯のテレビ中継に映り、世界中にその姿を見せつけたことも記憶に新しい。
そしてその集会で、いままで知らなかったツンさんの活動を知ることとなった。東日本大震災以降、ちょんまげ支援隊をつくり、被災地支援を行なっているというのである。
今夏にSOJで被災地支援活動をする予定もあり、私はツンさんにインタビューをしたいと考え、話を持ちかけた。するとツンさんからは、
「被災地の為なら何でもやります。少数でもいいので早稲田生に被災地報告会みせたい 。絶対に心を揺さぶるから」
という返事。こうして、SOJメンバーを集めて被災地報告会を開催することになった。
ツン隊長の被災地報告会
5月24日、ちょんまげ支援隊ツン隊長による被災地支援報告会を開催した。SOJメンバーとツンさんの知り合いの方を合わせ、20名ほどが参加した。

























 






内容としては大きく分けて
「大手マスメディアでは伝えられることのない被災地の真実」
「サッカーを通じた被災地支援の新しい形」

の話があった。



































ツンさんは、震災直後からいままでに22回も被災地に足を運び、様々なかたちで被災地支援を行なっている。しかし、東日本大震災以前には、ボランティアなどをしたことはなかったという。

ツンさんは東日本大震災直後、被災地で津波に靴などが流されてしまったというニュースを見た。そこで靴屋を営んでいる自分に、なにかできることはないかと考え、Twitter上で「おれ被災地行ってきます」とツイートした。すると多くの人から「素人が行くもんじゃない」などとバッシングを受けたそうだ。
そこで、たまたまTwitter上で見かけた被災地に物資を運ぶという団体に運動靴を提供し、届けてもらった。すると、靴を手にとった被災者からの喜びの声があがった。
そして次は、もっとたくさんの運動靴を運ぼうと、自社の靴屋にある大型の車を使って自ら被災地まで行こうと考えた。しかし、震災直後はガソリンが十分に補充することは難しく、何軒ものガソリンスタンドで給油を断られたそうだ。ここで簡単に諦めないのが、世界中でさまざまなトラブルを乗り越えたツンさんである。「断られてからどれだけ進むかが大切」という言葉の通り、ひたすらガソリンスタンドを渡り歩き、事情を説明していくことで、なんとかガソリンを補給することができた。
初めて被災地に行ったときには一度だけというつもりだった。
しかし被災地に行くと、いままで知らなかった世界を目の当たりにし、被災地の子供たちに「また来るからね」と気軽に約束していた自分がいた。その約束を守るべく再び来ると、前回とは違う光景、問題点を目の当たりにする。ツンさんは行くたびに気づく新たな問題点、日々変化しているニーズを一つひとつこなしていくことを続けた。これを繰り返していることが、結果として継続した支援となっている。


被災地の真実
震災後の4月、ある気仙沼の避難所となっている中学校では、気温2度のなか洗濯機がなく、洗濯物は女性が手洗いをしていた。その光景を見たツンさんは知人にカンパを募り、東京で洗濯機を6台購入、3日後に再び舞い戻り洗濯機を設置しようとした。しかし、電気系統は整備されているにも関わらず、市の職員に正式な手続きが必要だからという理由で断られた。ここでも粘り強く交渉を続けていると、学校の管理者である教頭が出てきて、自分が責任をとるからと許可をしてくれた。こうして無事に洗濯機を設置することができた。
ツンさんは
「単に行政の人が悪いのではないが、決断ができる人がいない」
と前例のない支援をおこなう難しさを語った。しかし、
「ゼロから1を突破することがとても大事。どうすればいいか、みなさんに考えてもらいたい」
と続け、被災者のために粘り強く活動していくことの大切さを示した。
同4月、運動靴を届けようと市役所に電話してみると、靴は足りているとの答えがあった。そのため靴は持っていかずに被災地へ行った。しかし住民と話してみると、なんと運動靴が不足しているとの声があったという。
また支援物資の集積所を見ても、靴が入ったダンボールには若い女性が履くようなサンダルなどが多く、被災地に多く残っている高齢者が履けないようなものが多かった。
さらに、不足していると聞いていた自転車を持ってくると、直前に100台の自転車が納入されていた。
このように被災地のニーズは日々変化する。しかし、被災地の声をもとにした効率のよい支援はできていなかった。
震災から3ヶ月経っていても、避難所ごとに環境の格差があった。気仙沼の中学校の避難所では、体育館では仕切りがなく、プライバシーなどまったくない。また、教室に寝泊まりしている人は硬い床にビニールシート一枚だけしか敷かずに過ごしていた。
しかし支援物資を管理する役所には、床の上に敷くマットレスが足りないなどの現場の声は届いていなかった。
これらの問題の原因は、気仙沼市役所の危機管理室で99箇所の避難所のニーズを把握しなければならないのにも関わらず、担当する役人はわずか6名しかいないという状況だった。
木を見て森を見ずという言葉がある。 物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと、という意味である。しかしツンさんは、被災地支援においては、森を見て木を見ずとなってしまうことが危険であると語る。私たちは、被災地の一人ひとりの小さな声を拾い、手を差し出さなければならないのである。


ちょんまげをつける理由
サポーターとして試合の時にいつも被っていたちょんまげ。だが、被災地でのちょんまげ姿は、 Twitter などを通して、不謹慎であるとの批判を受けたという。
しかし、被災地でもちょんまげを被り続けようと決めたのは、あるきっかけがあった。
震災直後、ツンさんは被災地に入る道中でちょんまげを被ったまま定食屋に入った。
700km超に及ぶ車の運転で疲労していたが、店員のおばあちゃんに、「殿様が来たよー」と言われたことで、疲れが吹き飛び、たちまち笑顔となったという。
そしてツンさんは自分らしく活動することが大切と考え、被災地支援のときでも、ちょんまげを被り続けた。
ちょんまげによって、笑顔が生まれる、一度会った人に覚えてもらえる、被災地の人から見てわかりやすい、などのメリットがあるという。ツンさんはつらいときでもユーモアが大切だと考えていて、被災地に行くときは覚えてもらいやすい格好で行くことを勧めている。


サッカーを通じた被災地支援



























12月3日、子供たちと保護者1名で、ベガルタ仙台vs.ヴィッセル神戸の試合観戦バスツアーを行なった。ちょんまげ隊による100円募金が、資金に充てられた。全員に仙台名物の芋煮がふるまわれ、応援グッズも配られた。

ほとんどの参加者が初のスタジアムでの試合観戦のため、応援の仕方やチャントなどを少しずつ教えていく。試合は2-0でベガルタ仙台の勝利。バスに乗るときは退屈そうにしていた子供たちだが、試合が終わる頃にはタオルマフラーをはちきれんばかりの笑顔の上で回していた。その光景を見たツンさんは、喜びのあまり涙をこらえきれなかったという。
解散の際は、参加者全員がちょんまげ支援隊との握手。すると支援しているスタッフのほうから、「ありがとう」との言葉が出ていた。心からの感謝の気持ちなのだろう。支援しながらも、自分たちが充実感に包まれた。支援者がただ与えるのではなく、与えられるような支援の形だからこそ見られる光景である。
遠方からの募金だけではなくて、多くの人を巻き込んで直接子供たちなどと接している。その度に自分たちが何かを得ていることが、継続した支援につながっているという。


私たちに何ができるか
「ボランティアをするからといって、大きな NPO などに所属する必要はない。行政をはじめ大きな組織の活動によるセーフティーネットから漏れた人たちに対して、私達がどのように支援できるかを考えることが大切」
「ゼロから1をつくる活動の中で試行錯誤すると、自分自身が成長できる」
「ゆるいボランティア、かるいボランティアでもいい。偽善という立場に胸を張っていい。やらないよりは何かをやったほうがいい」
私たちは、ツンさんの話で心が揺さぶられた。それは、いままで知らなかった被災地の真実に対する驚きと、これからは当事者として支援していくことを決めた心の動きである。
SOJは今夏に被災地支援企画をする予定だ。そのため今回の話は、これから企画を考える上で重要なヒントとなった。
私たちでも、被災地、そこに住む人に対して、スポーツを使ってなにかできるはずだと確信した。ゼロから1をつくること。それはスポーツの可能性を広げるチャンスでもあるのではないか。まだ発見されていない、スポーツの新たな一面を発見する、つくりだすことができるのではないか。SOJに所属し、スポーツを通じた支援を共に考えられる仲間がいるということは、私たちしか、今しかできない支援の形があるはずだ。スポーツを通じた支援を行い、被災者も、支援者も、スポーツにもプラスになるような形を模索していきたい。


番外編
翌日、ツンさんに対して、お礼のメールと共に、失礼ながら一つ質問をした。
「あなたにとってスポーツ文化とは何ですか」
すると、ツンさんからの返信は
「スポーツ文化とは、サーカスです。スポーツに限らず文化はサーカスです。
昔々の王様が民を統治するには、パンとサーカスを与えればよいと言ってたそうな・・・・・・。
つまり人はパン(衣食住)のみに生きることはできないと私は解釈してます。
興奮・喜怒哀楽・精神的なものが『生きる」には必要不可欠だと解釈しています。
つまり文化はスパイスのように付加価値的なものではなく、必要不可欠な本質だと私は思っています 」
なるほど、確かにツンさんがサッカーのために世界中を飛び回り、生活に取り込んでいる姿を見ると、スポーツ文化は生きる上での本質といえるだろう。


岡田 恭平

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