vol.153

スポーツの秋。

いつの間にか夏も過ぎ去り、心地良い日々が続いていますね。

今号はSOJが夏休みに参加したボランティアの特集です。

歴史的な大震災から7ヶ月。

いま、スポーツに何ができるのだろうか。
皆さんも一緒に考えてみませんか。

++ マイレポート ++
気仙沼丸の船出

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私たちは8月18日から20日の3日間をかけて、早稲田大学のボランティアセンターが、サークルに向けて募集したボランティアに参加した。このボランティアで私たちは、今年が第一回の開催となった気仙沼で行われた「大漁旗祭り」に参加し、そのお祭りにきた方々にニュースポーツであるペタンクを知ってもらい、楽しんでもらうためのブースを開いた。



















 

 



ペタンクという競技の良い所は、運動神経があまり関係なく、年齢による差というものも出にくいので、老若男女を問わず誰とでも楽しむことができるという点だと私は思う。また相手と競り合ったり、多くの距離を走ったりという必要もないので、怪我の可能性がとても低く、気軽にプレーすることができるというのもこの競技の特徴だ。こういった点から、私たちはペタンクを「大漁旗祭り」で楽しんでもらうことにした。



当日お祭りの会場は曇天で時折雨も降るという、お祭り日和と呼べる天候ではなかったが、それでも多くの地元の方がお祭りに参加していた。お祭りでは私たちのペタンクの他に、地元の女性を中心としたつばき会の方たちを中心とした物販スペースや、大漁唄い込みの披露、大阪府枚方市のボランティアの方による縁日、立命館大学の学生たちのドッジボールやちんどん屋、落語、ギターの演奏、また同じ早稲田大学のサークルによるわくわく工作教室というような様々な催し物が行われた。



























私たちのブースには、主に子供たちが来て遊んでいってくれたのだが、きっとみんな震災のことはまだ忘れられておらず、心に残っている傷はまだ癒えていないようで、実際に余震が来た時はとても怯えている人がいたりして、雰囲気が一気に重くなったりもした。しかし、遊んでいってくれた子供たちはみんなとても良い笑顔をしていた。それは、他のブースも一緒で、もっというと、このお祭りに参加した多くの被災者が一瞬だとしても笑顔になることができていたように思う。



私たちがしたことは、とても小さいことで一瞬しか楽しませることができなかったかもしれない。きっとふと震災のことが頭をよぎると笑顔になど到底なれないだろう。それでも、現地では徐々に復興が進んでおり、ボランティアの段階も次のステップに少しずつではあるが進んでいるように思う。そのステップこそが、被災した方々に元気を取り戻してもらうということであり、それが復興の次の一歩になっていくのではと私は感じた。



最後にこのお祭りのテーマは「みんな気仙沼丸乗組員だてば~」というものだった。これは、大漁唄い込みが漁船の大漁を願い唄われるというところから、気仙沼のみんなでこれから気仙沼を盛り上げていこうという意味を込めたテーマであり、またお祭りの目的であったと私は思う。このお祭りがこの第 1 回で終わることなく長い間続いていき、気仙沼の人々と共に気仙沼の発展のシンボルとなり、気仙沼の文化の一部となることを願ってやまない。

























堀川 太朗





++ マイレポート++
現場のリアルを感じて



東日本大震災から三ヶ月、私は自分自身が情けなく感じていました。東北出身のはずの自分が東北のために何もできないでいたからです。そんな折ある講義で気仙沼へのボランティアを募集していることが分かり私はガレキ撤去のために気仙沼へ訪れました。当時町には多くのがれきが残り、魚の腐った臭いが立ち込めていました。



























それから 2 ヶ月が経った 8 月中旬、私は新たなボランティアのかたちを模索するため、その後の復興を確認するために再び気仙沼を訪れました。 今回のボランティアは、力仕事ではなく、気仙沼の港から近い小学校で開かれる大漁旗祭りにサークルの特色を活かした出し物を出店するものでした。

























当日は天候も不安定で人が集まるのか、楽しんでくれるのか不安でしたがそれは杞憂に終わりました。時間が経つにつれて天候も回復し、 多くの方が祭りに訪れてくれました。メンバーはペタングだけではなくサッカーやかけっこなどを通して多くの方の笑顔、感謝の言葉を受けとりました。 私は 1 歳くらいの女の子と一緒に砂遊びをしたのですが、子どもが安心して遊べるような環境づくりを、今後も行っていかなければいけないとつよく感じました。

そして私は、 ボランティアを通して現地の方に元気を与えるはずが、逆に元気を与えてもらっている自分がいることに気がつきました。





















 

 

 

祭り終了後、私たちはバスで海に面している製氷所を訪れることになりました。そこは偶然にも 2 ヶ月前に私が泥かきをした場所でした。製氷所は外壁や扉も修復されており間違いなく震災前の形に近づいていることがわかりました。気仙沼は間違いなく前に進んでいます。


このボランティアを通して、私は確かな手応えを感じています。ボランティアの印象は、がれき撤去や泥かきなどの力仕事に向きがちです。 成果が目に見えやすいからでしょう。しかし今後必要になっていくのは被災者の心のケアを中心にしたボランティア、つまり目に見えにくいものです。



現在でも現地の方のなかには津波や地震に対して強い恐怖感を抱く方が多いです。実際に私たちが気仙沼にいるときにも震度 5 弱の地震があり、被災者のなかには頭を抱えたり、走って家に帰る方もいました。 そのような方の不安を、少しでも和らげるために今回のようなボランティアが必要になってくるでしょうし、継続的にこの活動を行っていきたいと思いました。

今回の震災で確かに日本は大変な被害を受けました。被災地では当たり前のようにあったはずの生活が一瞬で失われてしまいました。水も出ない電気もない生活が想像できるでしょうか。ですがそんな環境だからこそ人間は他者とのつながりをより明確に感じることができると私は思います。友人や家族と当たり前に会話して当たり前に遊べる、それがどれだけ幸福なことか私は今回のボランティアを通して改めて感じることができました。みなさんも当たり前の日常を精一杯生きてください。



宮下 雅史

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